ムラサキ

 ムラサキを実際にご覧になられた方はほとんどいらっしゃらないでしょう。生育条件が非常に難しく、現在では、絶滅危惧種レッドデーターブックTBにランクされているほどです。

 ムラサキは忘れな草やコンフリーと同じムラサキ科の多年生植物。夏前に、白い花を次々と咲かせ、その様が群がって咲く≠アとよりムラサキ≠ニ名付けられたとされています。

 あかねさす紫野(むらさきの)行き標野(しめの)行き 野守(のもり)は見ずや君が袖振る 万葉集・額田王(ぬかたのおおきみ)

 紫草(むらさき)のにほへる妹(いも)を憎くあらば 人妻ゆゑにわれ恋ひめやも 大海人皇子(おおあまのみこ)

 万葉の昔よりムラサキは貴重な植物でした。天皇家の御料地として、野守という番人を置いて、立ち入りを制限して保護をしていました。薬狩りとして、白い花をつけたムラサキを見付けると馬上から矢を射って目印とし、薬草を採りに行かせる。優雅な植物採取の様子です。

 紫色は洋の東西を問わず、高貴な色、貴重な色とされていました。古代フェニキアからローマ帝国では、貝で染めた貝紫といわれる色を帝王紫≠ニしていました。中国でも漢の武帝は紫色を好み、皇帝以外が使用を禁じる「禁色(きんじき)」としました。

 日本でも、聖徳太子が冠位十二階を定め、その最上位の冠の色は濃紫であったとされています。平安時代には中国と同じく禁色とされました。現在でも、皇室での衣装や僧侶の袈裟、武道有段者の帯などでも、紫は最も位の高い色とされています。冠位十二階では、濃紫と薄紫とされていますが、紫の色は多くあります。

 ムラサキの根を染色に用います。この色素はアルカリ性で溶けやすく青色となり、酸性では溶けにくく赤色となります。そして中和すると赤色と青色の中間の紫色となります。実際には、ムラサキの根を石臼で細かく砕き、温湯に浸し出てきた色素を布で漉し、これに布を浸し染色し乾燥させ、これを繰り返し、濃度を高め、これを椿の灰の液(アルカリ性)に浸し青く発色させ、更に梅酢(酸性)に浸し、酸性とアルカリ性を中和させ紫を発色させます。濃い紫色が貴重な色とされるはずです。

 ムラサキの根は「紫根(しこん)」と呼び、染色の他、薬用としても重要な植物です。

 漢方では、紫根は、内服として、解熱、解毒、黄疸、腫瘍、血尿、活性薬や麻疹の予防に用います。また、塗り薬として、一番有名なものは紫雲膏(しうんこう)。これは紫根の他、ゴマ油、黄蝋(おうろう)、豚脂(とんし)、当帰(とうき)を含む紫色の美しい軟膏で、中国の処方を基に江戸時代後期に華岡青洲(はなおかせいしゅう)が改良した処方です。紫雲膏はヤケドの他、ヒビ・アカギレ、しもやけや主婦湿疹、皮膚炎や外傷、痔など非常に幅広く用いられる有効な塗り薬です。

 現在では、気候が厳しい中国の東北部で、僅かな量の野生の紫根が採れる他は、現地での一年物の栽培物となります。二年以上の栽培は立ち枯れなどを起こしやすく、また、生育条件を良くすると、成分の薄いものとなってしまい良品は希少です。現在、ボラギノールで有名な天藤製薬により、福知山市で試験栽培が行われています。

 過日、テレビ番組で紫根の美肌作用が紹介されていました。「漢方薬局の店頭で紫根がなくなっちゃうね」とタレントさんが発言。実際問い合わせ殺到でした。生薬は市場から消えてしまいました。ネットでは含有量不明のものが多く販売されているとのことです。現在、ムラサキは薬用として確保すべき量でさえ、不充分な状況です。バラエティ番組とはいえ、一時的なあおり方で天産品の需給を乱さないで欲しいと思います。

(2010年8月号ピーネット掲載)

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